iPhone拾ったらどうしますか?~金に変える~

iPhone拾ったらどうしますか?~金に変える~

午前5時、通勤中のことでした。

向かいから走ってくる原付きバイクが、何か落とした。

バイクは気づかず、通り過ぎて行った。

「ガラスの靴」や「金塊10キロ」とかなら、喜んで拾っただろう。

でも落ちていたのは、「iPhone」だった。

しかも、3か4。画面は、バキバキに割れていた。

落とし物は、交番へ。それが日本の文化なのだろうけども。。

両肩に、フクロウのようなものが止まった感じがした。

肩に降りたもの

天使と悪魔だった。意外と肩が重たい。

おもむろに、脳内に話しかけてきた。

天使「交番に届けないといけないぞよ。あなた、日本人ね。美徳、分かるでしょ。バイクの人困るぞよ。血が通った人間なら、どうするか考えてみて。」

悪魔「そんなもん、無視して行ってしまえ、遅刻するぞ。そんな古いiPhone売っても、300円くらいにしかならんて。」

どちらの意見も、参考になる。

確かに、落とし主は、連絡手段がないと困るだろうなぁ、でも、交番行って、遅くなるのも、嫌だしな、、と。

天使の喋り方は、腹立つし、悪魔の方は、昔中古のiPhoneショップでバイトでもしてたかのような、具体性だ。

なんか冷めてしまった。

悩んだ結果、すぐに届けずに、昼休みに、交番に行った。

人助けて、なんだろうな。

自己満足のために、自分が良い人であることを証明するために、やっているのか。

感謝されたいから、やっているのか。

でも、感謝も間接的にどこかでされていても、よく分からない。

直接「ありがとう」が聞けないと、むしろ腹立たしい。

小さいなぁ笑

間接的な感謝を喜べるようになれればいいんだが。

世の中のほとんどの「本当の」と付くものは、正解がない。

例えば、「本当の勉強法」「本当の幸せ」「本当の自分」

勉強法なんて、人それぞれだし、年齢や性格によって、何がその人にとっての最善なのか、本人しか分からない。本人しか分からないのだけれども、他人からの情報で「本当の〇〇」はこうだよ、と言われても、正解とは言えない。

だから、本当の思いやりについても、正解は自分の中にしかない。

本当の思いやりとは?

自分なりに、「本当の思いやり」の回答と作ると、こうじゃないかな。

「他者に起こる良い事を、間接的に喜べる気持ち」

ポイントは、「間接的に」というところ。

別に、ありがとうと言われなくても、他者が喜んでればいいじゃない、という事。

ちょっと俺カッコいい。。。

逆に、僕の方も、間接的に誰かをイライラさせているのかも知れない。

インフラ系(電気、ガス、水道、道路)の仕事とか、食品関係とか、で働いている方に、ありがとうて、言ってないし。。。

この場を借りて、「ありがとうございます!!」笑