生きる意味を明確に与えてくれるたった1冊の重たい本

生きる意味を明確に与えてくれるたった1冊の重たい本

これは、「何もかも憂鬱な夜に」という小説の中で、語られている施設長の言葉です。

お前とそのアメーバは、一本の長い長い線で繋がっているだ

中略

アメーバとお前を繋ぐ何億年の線、その間には、無数の生き物と人間がいる。どこかでその線が途切れていたら、何かでその連続が切れていら、今のお前はいない。いいか、よく聞け

現在というのは、どんな過去にも勝る。そのアメーバとお前を繋ぐ無数の生き物の連続は、その何億年の線という、途方も無い奇跡の連続は、いいか?全て今のお前のためだけにあった、と考えていい

あなたにとって、「生きる意味」として明確な基準はありますか?

ぼくは、明確な基準は無いと思いますが、上記の事だけでも十分生きる意味になると思います。

この何もかも憂鬱な夜にという小説では、沢山の人が殺されます。殺人だったり、死刑の執行の描写も出てきます。

人を殺すのは悪いことでしょうか。殺人が悪だとしたら、戦争を経験した世代や、死刑の執行官は、悪ということになります。そういった、投げかけられない問いかけがぽつぽつ置かれています。

ぼくは、今までそういった、正義とか正しさとか明確な基準がないものに対して答えを考えてきませんでした。いまもあんまり考えていません。自分1人が考えたところで何の意味があるのかと思ってしまうからです。

優秀な脳みそを持った教授とか、エリートが出した答えを模範解答とすればいいのかなぁ、ぐらいの感覚でいました。

「何もかも憂鬱な夜に 著:中村文則」という本は、非常に重たい話題に突っ込んでいます。多分、誰もこんな暗いことを本気で考えようと思わないでしょう。

罪と正義、生と死が軸にある話だと思います。話全体を通して暗く重たい雰囲気が流れています。ですが、冒頭の様な、救いようのあるきれいな言葉が、より目立ちます。暗い話だからこそ、強烈なコントラストとして明確な生きる理由として、浮き上がるようなきがします。

主人公は、刑務官で、死刑囚や、犯罪者の監視をします。

主人公が信じていた収容者が釈放期間中に犯罪を繰り返します。犯罪者は犯罪を繰り返し、自らを破滅させていきます。

大昔から、破滅願望のようなものをもった人間が生まれてくる意味はなんでしょうか。

破滅願望をもったDNAは、人類の繁栄に必要な遺伝子だから一定数存在するのでしょうか。

この話は、暗いし重たいです。

たぶん、順風満帆な人が読むと、

「きもちわる」とか「暗い暗い」とか「こっちまでネガティブになる」とか言うんじゃないかと思います。健全な人にとっては、ちょっと避けたいし読んでいてしんどいし、つまらないし、読みきれないかもしれません。

でも、終盤になるにつれて、生きる意味のようなことの縁が観えるような気がします。

人間の命が、アメーバからつながる途方も無い奇跡の連続であることや、

罪と命には、関係がないという意見など。

 

あとは、著者の中村文則さんのという人物そのものに、何か生きる意味を見いだせるかもしれません。

中村さん自身が、子供の頃に混乱があったようで、あとがきの最後に「共に生きましょう。」という言葉がありました。

本のそでには、中村さんの顔の写真がありますが、どこかたくましい様な儚いような顔つきをされています。

 

最後に、ボク個人の意見として、「生きる意味はない」というのが主張ですが、

この「何もかも憂鬱な夜に」の中には、その強烈なヒントの様なものがあるように感じてなりません。

 

この話の中には、学生時代に自殺した、真下という友人のメモ書きがあります。

いちいち、刺さってきて痛い言葉が沢山あるので、紹介して終わります。

何者かになりなたい。何かになれば、自分は生きていける。そうすれば、自分として、そ言ういう自信お腹で、自分を保って生きていける。まだ、今の自分は、仮の姿だ。

 

善良で明るく朗らかに生きている人が、いるんだろうか。たとえばこんなノートをよんで何だ汚い、暗い、気持ち悪いとだけ、そういうふうにだけ、思う人がいるのだろうか。僕は、そういう人になりたい。本当に、本当にそういう人になりたい。コレを読んで、バカ正直だとか、気持ち悪いとか思える人に……ぼくは幸福になりたい。

 

……夜、ぼくはつらくなる。眠れないよる。どうしようもなくなくなる夜。自殺は、早朝に多いそうだ。それは理解できるような気がする。その夜をやり過ごしたら、また続いていけるのだろうか。